tkinuiの日記

見聞きしたものの備忘録

チーズとうじ虫 16世紀の一粉挽屋の世界像

カルロ・ギンズブルグ

杉山光信 訳

みすず書房

2012年 (原本は1976年)

 

 

16世紀北部イタリアの、メノッキオという粉挽屋がかけられた異端審問裁判の記録から、その人物がどんな本を読み・誰と接触し・どんなことを考えていたのかを考証していく本。「チーズとうじ虫」というのは、悪くなったチーズから、あたかもチーズそのものから自然発生したが如くうじ虫がわいてい来る様子を、神による無からの天使の創造を説明するのにたとえて使った言葉で、農民による宗教的世界観の叙述を象徴する言葉である。

メノッキオは当時の農村では割と珍しい、読み書きができる人間だった上、街へのアクセスもあったから、10冊だか20冊だかの本(キリスト教に関する本、旅行記、コーランなど)を読んで、宗教改革とその反動の時代にカトリックともルター派とも違う世界観・神のとらえ方をするようになる。それを黙っていればいいものを周りの人にべらべらしゃべるもんだから、教区の司教(だったかな?)に異端者として突き出されてしまう。

この本で知ったのだが、粉挽屋というのは村では金もあって有力者とみなされることの多い職業だったらしく、もちろんそういう立場だったからこそメノッキオは書物との接触を持ちえたのだが、私には、自分の信じるところの世界観を(よせばいいのに)周りの人にしゃべりまくってしまうの彼のキャラクターは、そういう立場から生じる自信にあったように思われる。しかしまあ、そうやって話すことでアウトプットを積み重ねる中で、彼の「思想」も洗練されていったのだろう。なんとなく、大学時代の恩師を連想させる人物であった。

 

読み物としては、あの考えが異端、その考えは教会の教えと反している、とかそういった類の話なので、教義教説が今一つ理解できていない無教養の日本人にはちょっとしんどかった。考証は精緻だと感じたが裏を返せば話がえらい細かくて単調だし。小谷野先生の言う通り最初と解説だけ読めばよかったかもしれない。